1: Toy Soldiers ★ 2018/10/07(日) 19:41:57.58 ID:CAP_USER9
安倍総理との出会い

菅官房長官
「議員立法で万景峰号を止めた。河野太郎、山本一太らと。対北朝鮮外交カードを考える会を作って、その時に応援してくれたのが安倍さん。
河野洋平氏が外相で、北にコメを援助する話に大反対して一度見送りさせた。それが産経に載ったのを見た安倍さんが会いたいと」


以下略

スクリーンショット 2018-10-08 1.35.22

https://snjpn.net/archives/71447
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【参考】



3: 名無しさん@1周年 2018/10/07(日) 19:43:11.78 ID:Ki07qcnl0
ぱっや河野洋平はアカんわw

26: 名無しさん@1周年 2018/10/07(日) 19:58:36.15 ID:dvaIL4f+0
息子の頑張りは認めざるを得ない

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34: 名無しさん@1周年 2018/10/07(日) 20:05:33.40 ID:2nUsu3K30
Wikiで見たら、結構 苦労人なんだな
高卒で工場勤め、社会人になってから学費が一番安かった私立大学に進学・・と
金が無い者の底辺の暮らしを知ってるわ、この人。

65: 名無しさん@1周年 2018/10/07(日) 20:23:00.14 ID:EoO38QCz0
>>34
地に足の着いた政治家なんだな

45: 名無しさん@1周年 2018/10/07(日) 20:10:29.06 ID:J6/jm/C/0
間違いだったコメ支援
2005-01-02 山本一太
https://ameblo.jp/ichita-y/entry-11953495831.html
さて、自分が外務政務次官ポストに就いていた2000年3月。森内閣の下で、日本政府が北朝鮮政府に対して10万トンのコメ支援を行うことが決定された。
もちろん、この決定は与党自民党の了承を得て、森内閣(日本政府全体)が決めた方針だった。(*この時の内閣官房副長官は安倍晋三氏だった。)
外務政務次官あたりがこの政策決定に影響力を行使出来たはずがない。が、政府の一翼を担っていた者として、もちろん自分にも責任があったと考えている。
当時は、拉致問題と核の問題を解決するために、米国の援助と足並みを合わせる形で「柔らかいメッセージ」を送ることが「強行路線」より有効だと思っていた。

記憶を辿ってみると、この部会で、コメ支援に最も強硬に異論を唱えたのは、石破茂氏(後の防衛庁長官)と平沢勝栄氏だった。石破さんは、こう言っていた。
「山本次官の説明は、それはそれでひとつの理屈でしょう。が、この政策は間違っている。後できっとそのことが分かりますよ。」
今になって思えば、石破氏のこの予言は正しかった。
その後、日本政府は10月に更に50万トンの追加コメ支援に踏み切ったが、この一連の援助は、日朝交渉や拉致問題の解決には全く結びつかなかった。
この時点でのコメ支援は「間違った政策だった」と言わざる得ない。

59: 名無しさん@1周年 2018/10/07(日) 20:17:44.75 ID:OQ3VFqCG0
>河野洋平

コイツは糞エピソードしかないんか
名前見てニュースの文章見ると必ず腹が立つわ

40: 名無しさん@1周年 2018/10/07(日) 20:07:50.49 ID:2t5wa29s0
ぶっちゃけ、菅でもっていると思う

でも菅は首相向きではないが

52: 名無しさん@1周年 2018/10/07(日) 20:15:34.09 ID:n5FM5hPC0
次期総理はこの人

引用元: http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1538908917/



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