これは今まで一番読むのが辛かった…。
解剖結果を聞くまでの待ち時間、海上保安部の方と転覆地点での献花に関して打ち合わせを行う。米軍基地内への立ち入りは、現状、海保から許可を通すのは難しい
辺野古漁港にはメディアがいる
海上保安庁の巡視船・ボートは波の状況を考えると難しい
今回の滞在中は見送り、もう少し時間をおいてからの方がよいかもしれない
平和丸は今日10時過ぎに協議会の敷地に移動されたので、今は平和丸を見ることはできない
辺野古で静かに平和丸を確認することができるのは、妻が朝行ったあのタイミングが最後だったと考えると、妻の行動力にも「呼ばれた気がする」にも、私は異論なんて言えない。
13:32 キャンプ・シュワブからの回答
キャンプ・シュワブから妻の携帯に連絡が入る。「上層部に話を通したので、本日いつでもいらしてください。」
打ち合わせ中だった海上保安部の方にキャンプ・シュワブから献花の許可がおりた事を伝えると、大変驚いていたが、以後の細かい交渉は海上保安部が引き継ぐことに。
(略)
15:52 キャンプ・シュワブ到着
到着時、ビジターセンター入り口で関係者の方々が外で待機し、出迎えてくれた。海上保安庁と米軍が調整し、私たち遺族5名と学校関係者3名(校長先生・法人事務部長・学年主任)の同行が許可された。基地関係者の方が運転する車で移動を開始。まず工事エリア外の岸壁へ案内された後、責任者の許可が下り、転覆現場に最も近い工事現場へ移動することができた。
16:30 桟橋に到着
平島と長島の間から、常に白波の立つリーフエッジが遠くに見えた。知華が乗ったボートが転覆し、救出された場所。
強い風の中、長い時間をかけて献花と黙祷を捧げた。花束は海上保安部の方に妻が依頼して用意してもらったものと、学校側が用意したものだった。最後に基地関係者の号令で全員黙祷。花は放置できないため持ち帰り、後で知華の元へ届けることにした。
同行したキャンプ・シュワブの方々は多くを語らないが、立ち居振る舞いには、失われた知華の命に対しての敬意が込められていた。
ご協力いただいた方々に深くお礼を伝え、ホテルに戻ることにした。
https://note.com/beloved_tomoka/n/n36d6acd6962e
事故後からの流れ 3月18日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
事故から2日後、3月19日の記録です。
https://t.co/wGDDQxwIdu— 辺野古ボート転覆事故 遺族日誌 (@Beloved_Tomoka) April 15, 2026
(動画説明文)
>2026年3月18日7時46分
>知華の亡くなった場所で拝みたいと思い向かった早朝の動画。
>タクシーで到着するとすぐ目の前に平和丸と不屈が規制線もなく花も手向けられず漁港に置かれていた。
>わずかながら人もおり、人目を憚りながら撮影した。
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我が身だと思ったら涙が止まらん
米軍基地からの献花に、校長もいたのか
連絡が取れないのか、遺族が拒否してるのか…
ホテルで起きたら母親いないの父親と長女は肝が冷えただろうな
まあ結果として記者が来る前にノーマークの船を見れたし、米軍基地にも献花にいけたし母親の行動がよかったんだがしかし家族が港にも行けないくらいマスコミが集っていたのに報道はさっぱりしないんだ
そういやそうだな
各メディア情報は取りに行ってるけど上から止められてんのかと
なんか意外
献花に関しての情報もnote発信がなきゃわからんかったな。
産経だけじゃどうにも弱いわ。
平和丸や不屈がそのまま置きっぱなしっていうのも意外だった
事故の証拠品なのに誰かが損壊したらとかないんだろうか
海保の調査には時間かかる
出るとしたら抗議活動関係かなあ
お母さんが撮影した平和丸の動画悲しすぎるわ
ようもあんなボロ船に十何人も子供乗せて波の高い海に出ようと思ったな狂ってるわ
トランプは嫌いだが米軍には好感持てるポイントだよな
ご遺族の行動力には本当に頭が下がる思い。
動画はあまりにも辛すぎてまともに見れなかった…。
【当ブログ 関連ポスト】
辺野古転覆事故ご遺族のnote更新。
ご遺族の行動力にただただ感服する。
今回は「事故後の平和丸」の動画まで上げられていた(次ポスト参照)
この事故は決して偶発的に発生したものではなく、起こるべくして起こった事故だ。
絶対に風化させてはならない。 https://t.co/4kuHI6hqjd pic.twitter.com/pzxH4rpifZ
— 保守系まとめサイト『正義の見方』 (@honmo_takeshi) April 15, 2026
引用元: https://hayabusa9.5ch.io/test/read.cgi/news/1776253126/
